東国原英夫、ビートたけしの一番弟子になったきっかけとなった「セントルイスの前座として舞台に立った漫才」について語る「この人、天才だな」

スポンサーリンク
スポンサーリンク

2024年1月31日放送の朝日放送テレビの番組『これ余談なんですけど…』(毎週水 23:17-)にて、お笑い芸人・東国原英夫が、ビートたけしの一番弟子になったきっかけとなった「セントルイスの前座として舞台に立った漫才」について語っていた。

濱家隆一:芸人になったのは何歳ぐらいなんですか?

東国原英夫:22歳。大学卒業して、たけしさんの一番弟子、22歳。

山内健司:へぇ。じゃあ、たけし軍団っていうものがまだない時に?

東国原英夫:ない頃。だから、「たけし軍団に入りましたよね?」ってよく言われんのよ。違うの、僕らが作ったの。

濱家隆一:へぇ。

東国原英夫:一番弟子、二番弟子、三番弟子ってずーっといて、5~6人になってきて、10人ぐらいになった時に、たけしさんが十把一絡でチームで売り出していこうっていうことで、それで軍団っていう。集団芸として作ったの。

濱家隆一:そうなんですね。

あいはら:ガダルカナル・タカさんにお話を聞いたら、その先見の明が凄かった、と。誰もみんな集まってないのに、東さんが一番弟子に行く。この感じの先見の明は東さんの凄いところで。

東国原英夫:ツービートがまだ全然、のし上がってない時代で。漫才ブーム前夜。

山内健司:へぇ。

東国原英夫:東京はね、セントルイスさん、「田園調布に家が建つ」みたいな漫才師。それがあの時、関東を席巻してたんです。

濱家隆一:はい。

東国原英夫:その劇場に、僕はセントルイスさんを見に行ったの。お笑いが好きで。

濱家隆一:はい。

東国原英夫:その前座に出てたのがツービートだったの。

濱家隆一:全然違いましたか?やっぱり。

東国原英夫:いやいや、セントルイスさんのお客さんなので、浅草演芸場、300人。全員がセントルイスさん。その前で売れない漫才師が前座をやるって、こんな地獄ないじゃないですか。

濱家隆一:はい、はい。

東国原英夫:その中で、あのツービートが速射砲のような毒舌漫才をやってた。クスリともしない。

山内健司:へぇ!

東国原英夫:シーン。お客さんは神様で、浅草のルールとして。で、お客さんをイジるとかはタブーだったの。で、たけしさんたちが漫才やるんだけど、5分やっても10分やってもシーンとしてるから、たけしさんが漫才やめて、客席に怒るの。

濱家隆一:ほう。

東国原英夫:「てめぇら、なんで笑わねぇんだよ」って。初めて見て、そんなの(笑)お笑い芸人がネタやめて、客席に怒るんだよね。で、サラリーマン風の50代の方が、「面白くねぇからだよ!」って言ったら、ドカーンとウケて。

山内健司:ほう。

東国原英夫:「どこが面白くねぇんだよ」「全部だよ」って言って、ドカーンって。で、「なんか笑わせてみろよ」って。そしたらその時に、「コマネチ、コマネチ」って。俺、凄い面白いかったんだけど、それでもシーンとしてる。

濱家隆一:はい。

東国原英夫:それで師匠があの性格ですから、ブチギレて、舞台下りてって、その人と取っ組み合いの喧嘩。

山内健司:すげぇ。

濱家隆一:さすがに…

東国原英夫:信じられますか?これ。

濱家隆一:さすがにそれはウケないですよね?取っ組み合いの喧嘩。

東国原英夫:ドッカンドッカンウケて。それがまたユーモラスで、ネクタイ締まったりで。

濱家隆一:ああ。

東国原英夫:それで、後で聞いたらそのお客さんとたけしさんはグルだったの。

山内健司:え?!

濱家隆一:すげぇ。

東国原英夫:最初から仕込みだったの。それを見て、僕は「この人天才だな」って思って。それで追っかけして、一番弟子になったの。

おぎやはぎ矢作、ビートたけしにTHE MANZAIの物議を醸したネタで「いい加減にしろ」と怒られていると明かす「若手のネタ番組のオーディションだったら…」
2023年12月14日放送のTBSラジオ系のラジオ番組『おぎやはぎのメガネびいき』(毎週木 25:00-27:00)にて、お笑いコンビ・おぎやはぎの矢作兼が、ビートたけしにTHE MANZAIの物議を醸したネタで「いい加減にしろ」と怒られて...
ナイナイ岡村、ビートたけしにミキ酷評事件について触れられ「僕らは知りません…」ととぼけたことで昂生に抗議される「吉本の兄さんなんちゃうんか!」
2023年12月14日放送のニッポン放送系のラジオ番組『ナインティナインのオールナイトニッポン』(毎週木 25:00-27:00)にて、お笑いコンビ・ナインティナインの岡村隆史が、ビートたけしにミキ酷評事件について触れられ「僕らは知りません...
タイトルとURLをコピーしました