伊集院光、『新世紀エヴァンゲリオン』は議論を前提とした「謎のための謎」であると指摘「議論する人を見て、庵野さんがニヤリとする感じ」

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2021年1月11日放送のTBSラジオ系のラジオ番組『伊集院光 深夜の馬鹿力』(毎週月 25:00-27:00)にて、お笑い芸人・伊集院光が、『新世紀エヴァンゲリオン』は議論を前提とした「謎のための謎」であると指摘していた。

伊集院光:『エヴァ』が始まる前に、修行しとこうと思って。序・破・Q、字幕じゃない映画で、何か今、掃除をしながら見れるものっていうことで、序・破・Qをおさらいしておこうと思って。

で、序から見始めたんだけど。掃除どころじゃないな、やっぱ『エヴァ』(笑)で、ポンコツだから、ほぼほぼ忘れてるじゃん。

で、まずストーリーもそこそこ難解だったりとかして。もっと言えば、また年月経って見ると、また発見があるような、そんな感じ?『エヴァ』って多分。何度も見て、何度も発見があるみたいな感じじゃないですか。

で、序を掃除してる場合じゃないぐらいすげぇ見てて。で、見終わって、「次、破ね」って、見始めて。もう忘れてんだよ、色んなこと。色んなこと忘れてるのと、あの頃の若さがないから、「謎、別に究明したくない」っていう(笑)謎とか、どうでもいいんです(笑)

難しいのは…もう『エヴァ』とか…俺が思った感想ね。「謎のための謎」じゃん(笑)要するに、「みんなこれ、議論するんでしょ?どうぞ」みたいな感じになるじゃないですか。

議論したい人が、あーでもないこーでもないっていう感じじゃないですか。で、そうすると庵野さんがニヤリとする感じじゃないですか。「おお、やっとる、やっとる」っていう感じじゃないですか(笑)

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