2026年8月15日放送のMBSラジオのラジオ番組『ヤングタウン土曜日』にて、明石家さんまが、若槻千夏は10代で芸人に混じって諦めずに立ち向かっていったと明かしていた。
リスナーメール:若槻千夏さんが、テレビ番組で後輩への注意の仕方に悩む男性からの相談に答えていました。そして、さんまさんからの注意が的確でありがたかったと話していました。
若槻が10代の時、レギュラー出演していた『明石家電視台』で、毎週フリップ大喜利があったそうで…
明石家さんま:ジミーとショージと、寛平兄さん…あの時はジミー居なかったか?若槻の時は。雨上がりか、もう。ジミーの代わりに雨上がりやったか。
リスナーメール:毎回、その収録終わりにさんまさんがピンマイクを取りながら、「あそこちゃうで」とだけ、ボソッと言って帰っていくんだそうです。若槻さんはその帰りの新幹線で、2時間半ずっと「何が悪かったんだろう?」と考えて毎回寝られなかったそうですが、当時は怖かったけど、今となってはありがたかった、とさんまさんに感謝をしていました。
そして、「先輩からは短い叱りの方が嬉しいかも。でもこれ何が大切かって、その先輩方が憧れられている存在だから、ウチらがシャキッとするのよ」とその相談に答えていました。芸人さんだけでなくみんなに尊敬されるさんまさん。これからも憧れの人生の大先輩としてずっとずっと活躍していただきたいです。
明石家さんま:いやいや。若槻は本当に10代でな、本番中でも泣いたことあるかな。
村上ショージ:うん。
明石家さんま:それぐらい。もうとんでもない連中やねん、ボケに関しては。そこと、笑い経験ない若槻がそこのポジションに入って、諦めたらええねんけど、頑張ろうとしとって。
村上ショージ:うん。
明石家さんま:向かってきよったのよ、19やで。
櫻井梨央:凄すぎる。
明石家さんま:それで、「若槻、あそこちゃうぞ」とか言って、何気なくやで。「あそこはこうやで」っていうようなことは、言うたと思うわ。で、若槻はなんせそこで頑張ろうとしとったから。
櫻井梨央:うん。
明石家さんま:もう引き上げていった人も何人もいるけども、もう若槻の努力たるものや。
村上ショージ:うん、本当に。
明石家さんま:我々が「あ、コイツ凄い頑張りよったな」って。今でもだから、なんか育ての親じゃないけど、見てたらトークなんかものすごい頑張ってて。「そうか、忘れてないな」とか、なんかこっちがありがたくなる、若月のテレビを今見てると。
櫻井梨央:ああ。
明石家さんま:でも、あの時の19の若月の頑張りは、お前らも想像つかないぐらい笑いに対して貪欲に向かっていきよった。
櫻井梨央:へぇ。
明石家さんま:ラジオで泣いてる場合じゃないからね(笑)
弓桁朱琴:2ヶ月前の(笑)
明石家さんま:なんかもう凄いこれ、こういうのは言ってくれるの嬉しいですね。



