爆笑問題・太田、「表現の不自由展」とシャルリー・エブド襲撃事件に共通する「表現の自由への過剰な信仰」の危うさを指摘

2019年8月20日放送のTBSラジオ系のラジオ番組『爆笑問題カーボーイ』(毎週火 25:00-27:00)にて、お笑いコンビ・爆笑問題の太田光が、「表現の不自由展」とシャルリー・エブド襲撃事件に共通する「表現の自由への過剰な信仰」の危うさを指摘していた。

人命よりも大事な表現はあるか?

太田光:表現っていうのは…愛知の。

田中裕二:はい、はい。表現の不自由展のね。津田さんがやったやつ。

太田光:それでテロ予告があって、中止したと。

田中裕二:うん。

太田光:で、表現の自由が国家によって剥奪された、みたいなことを言ってるけども。

田中裕二:うん。

太田光:俺に言わせればね、人の命より大事な表現なんかどこにもねぇからって話なんだよ。

田中裕二:うん。

太田光:しかもだよ、作者ではなく、そこに来る不特定多数の客が巻き込まれる可能性があって、ましてやそこに、警備の完璧って思えない状況があったら、中止にするのは当たり前。

田中裕二:うん。

太田光:当たり前だし。作者はいいよ、殺される覚悟で、命がけで表現してるなら、それは殺されても仕方ないっていう覚悟ができてるんだから。

田中裕二:うん。

太田光:でも、そこに来る客が無差別に殺される危険性に優る表現なんかあるわけねぇじゃねぇか。

田中裕二:うん。

表現は絶対に誰かを傷つけてる

太田光:で、俺らなんかテレビで漫才やる時も、散々チェックされてますよ。

田中裕二:うん。

太田光:それは、自分たちの表現っていうのは、絶対に誰かを傷つけてるから。

田中裕二:うん。

太田光:そこは、本当にチェックして、なおかつそれでも人を傷つけるんだから。

田中裕二:うん。

太田光:俺らの漫才をやるたびに、怒る奴はいっぱいいるわけだから。

田中裕二:それはそうだ。

太田光:それでも俺たちの言葉で、人が死ぬ可能性だってあるんだから。それをなるべくさ、避けるためにチェックはするわけで。

田中裕二:うん。

太田光:ましてや人が死ぬって時に、「それよりも自分の表現が大事」なんて言ってる表現者はバカだし、やめて当たり前。

田中裕二:うん。

太田光:命と引き換えにできる表現なんかあるわけないんだから。

田中裕二:うん。

太田光:たかが表現だからね。また次の回で、別のアプローチで表現できるんだから、いくらでも。

田中裕二:うん。

太田光:取り返しつかないからね、命ってのは。

田中裕二:うん。

太田光:そういうこともあって、なんていうのかな。自分の表現がどんだけ人を傷つけるのかっていうのを、もうちょっと理解した方がいいよね。

田中裕二:うん。

太田光:俺も理解できてないところはあるけど。

田中裕二:ふふ(笑)ツッコまれるけどね(笑)

太田光:でも、ずーっとその中にいるわけ。

田中裕二:その自覚はあるわけね。

シャルリー・エブド襲撃事件

太田光:俺もあの時に思い出したのは、何年か前にフランスの風刺画事件あったでしょ。シャルリー・エブドっていうね、言ってみればムスリム、イスラムのシンボル的なもの、ムハンマドをヒドイ絵にしたわけだよね。

田中裕二:うん、うん。

太田光:「こんなのいいだろう」と。フランスの…フランス、風刺画っていうのは文化だから。なんでもやります、と。それまでも散々、揉めてきたのに、あそこの新聞っていうのは。

田中裕二:うん。

太田光:でも、決して屈しません、と。屈しませんじゃねぇんだよって、俺は思うわけ。

田中裕二:うん。

太田光:まず、なんでも言っていい空間なり…たとえばYoutubeでもそうだけど、ネットでもそうだけど。

田中裕二:うん。

太田光:なんでも言っていい場所なんかないですよ。表現っていうものに関して。自由なんかないですよ。

田中裕二:うん。

太田光:でも、それは当たり前のことで。たとえば、イスラムの人たちにとって、あの偶像、あの人を絵にする、あるいは言葉にするってことによって…だって彼らは神のために命を捧げてるんですよ、普段。

田中裕二:うん。

太田光:そうすると、それをバカにされるってことは、自分が死んでしまうぐらいの表現で。それは違う文化圏にいると「そんなことで」って思うかもしれないけど、それはそれぞれあるんですよ。

田中裕二:うん。

太田光:たとえばさ、大事に大事にしてる親の形見みたいなもの、それたとえば日本でもあったとするじゃん。

田中裕二:うん。

太田光:それを目の前で火で燃やそうとしたら、許せないじゃない。

田中裕二:うん。

太田光:「お前の母ちゃんデベソ」みたいなことを言われたら、許せないじゃない。要するに、自分のことはいいけど、自分が心から信じてるものを侮辱されるって言ったら、自分が死んじゃうぐらいのものってあるんですよ。

田中裕二:うん。

「表現の自由」という信仰

太田光:それを…俺は凄く印象的だったのは、『報道特集』だったと思うけど、シャルリー・エブドの生き残った記者がいるのね、イラストレーターが。

田中裕二:うん。

太田光:彼がシャルリー・エブドの、彼らの葬儀というか、追悼式をやってる時に、隅の方で、壁にもたれかかってそっと見てるんだよね。

田中裕二:うん。

太田光:「あなた、あそこの会社の?」「そうです」って。「こうなって、どうですか?これからも続けるつもりですか?」「続けます」と。

田中裕二:うん。

太田光:「これは、別に世界に発信するものではないんです。我々の文化だから、これは守らなきゃいけないし」「でも、あなたの知り合いは?」「みんなあそこで死にました」って言うんだよ。

田中裕二:うん。

太田光:一緒にやってた仲間だよ。

田中裕二:うん。

太田光:「それは彼らの意思もあるし、僕はこういうことがあっても、続けます」って。「同じように風刺画を描きます」ってわけ。

田中裕二:うん。

太田光:それはそれでいいよ、その人の考え方だからいいけども、俺はそこまでする表現なんてねぇよって、俺は思うわけね。これは俺の考え方ね。

田中裕二:うん。

太田光:それってさ、そこまで表現の自由にこだわるっていうのは、逆に言うと、傷つけられたことにこだわってテロを起こす側と、本当に同じ。

田中裕二:そうだね。

太田光:それは、俺にとっては本末転倒で。やっぱ、人間の命の方が大事だろって思うけども。「それを風刺したんじゃないの?」って思うけども。

田中裕二:うん。

太田光:むしろ、表現ってものを信仰し過ぎちゃってて。同じことになっちゃってるなって俺は思って。

田中裕二:うん。

太田光:それはそれで、あり方としてあってもいいけども、「無関係な人まで巻き込む権利があるか?お前の表現はそこまでのものか?」って俺は思うんだけどね。



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