King Gnu井口理、京都アニメーション放火事件で犯人の行動が「SNS上の希薄な人間関係」のようなものと無関係とは思えないと語る

2019年7月18日放送のニッポン放送系のラジオ番組『King Gnu 井口理のオールナイトニッポン0』(毎週木 27:00-28:30)にて、King Gnuの井口理が、京都アニメーション放火事件で改めて「他人のことを思いやるための、人の想像力」を持つためにはどうすればいいかと問うていた。

井口理:俺がこの事件を受けて、糸が切れたところがあるんだけど。やっぱりずっと最近思ってることがあって、今日の事件じゃなくても、たとえばバス停で起きた、無差別に小学生が刺されて亡くなったりとか、老人ホームの事件だったりとか…っていう痛ましい事件があったり。

それだけじゃなくて、やっぱりこの日本のなんて言うんだろうなぁ…最近のSNSとかを見てる限りは、誰かが発信した言葉、それってやっぱり本当にその人が言いたかったことが届いてるかどうかって、凄くわからないことだと思うし。たとえば俺がツイッターで何か発言したとして、それが本当に届くことって、凄く難しいと思うし。そこに対して誰かが色んなことが言えてしまう。

たとえば今、目の前の人に言えないことっていうのを全部言えてしまうっていうのが、SNSだったりするし。本当に画面の向こう側っていうか、携帯の画面の向こう側にいる人のがどう考えているかとか、どういう人生を送ってきたことかっていうのは、絶対見えないから。

なんかそこがすごく怖い。昨今の日本で、怖いことだなというか、世界でもそうだけど。怖いことだなって思うし。そういう中で、薄れていくものって凄いあるなぁと思うから、俺は。それが無関係だと俺、思えなくて、今日の事件に対して。

犯人がどういう経緯でそこに至ったか分からないけれども、やっぱり何か…何だろう、たとえば電車で席を譲るとかね、っていうことがもしかした譲られた側にしたら、大したことないかもしれないし。でも、その人は物凄く救われるかもしれないし。

逆に、体が当たってしまって舌打ちをされた。された側は、凄くその日ネガティブな気分になるかもしれないし。絶望の淵にあった人が、それをされたら、もしかしたら何かそれがきっかけで物凄く悪い方に転じてしまうかもしれないし。

俺が今日たとえば席を譲って、それがなんというか巡り巡って、もっと遠い人、その人じゃなくてその人のもっと外側の人にその優しさが届いてくれるかもしれないし。俺のその行動一つで、みんなの行動一つで、どこか遠い誰かがもしかした地球の裏側かもしれないし、気持ちが変わってしまうこともある…ないとは言い切れないし。

そういうことを凄い考えて今日、もしかしたら…でも、「できたことがあるかもしれない」って思うのは、今日の事件に対してね、思うのは驕りだと思うんだけど、でもなんか、「明日を生きる」とか、そうしていく上で、できることって多分、あるんじゃないかなって俺は凄い思ったので。

皆さんに「こうして欲しい」ってわけではないんだけど。俺は今日、ずーっと一人でなんかこう悩んでいて。みんながどう思っているのかなっていうのは、凄い気になったというか。どう感じているのかなって凄い思ってます。



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