2026年1月19日放送のTBSラジオ系のラジオ番組『伊集院光 深夜の馬鹿力』(毎週月 25:00-27:00)にて、お笑い芸人・伊集院光が、久米宏が『ラジオなんですけど』を降板する時に思ったことについて語っていた。
伊集院光:今週は、久米さん亡くなっちゃったね。本当、残念だなぁ。なんか久米さんがTBSラジオの『ラジオなんですけど』っていう、長くやった番組をやめた時ね。
やめた時に、自分の昼やってた番組にも、その週に久米さんに来てもらって。
で、その続きの話を今度、久米さんの番組でするみたいな。で、その時にオンエアにも少し乗ってたけど、それ以外のところでちょっと喋ったことで、一番覚えてるのは、自分はどんどん、どんどん頭の切れも悪くなってくし、それは滑舌とかも良くなくなってくし、レスポンスも悪くなってくしっていう中で。
ある程度、年いっても希望として持ってるのは、そのポンコツ度合いみたいなものも面白いとか。
なかなか言葉が出てこないとか。最近はもうなかなか言葉が出てこない、あのジジイがこんなに一生懸命喋るということは、とか。もう口が回らないにも関わらず、語りたいって思うってことは、こうだってリスナーの人に聞いてもらうことができるんじゃないかっつって。
で、よくこう軽口叩いてさ。その前に永六輔さんが亡くなる寸前も、永さんもどんどん何を言ってっか分かんなくなってきて、で、長い間、六輔ラーニングをやり続けた外山惠理アナウンサーだけ「ああ、そうか」みたいな。分かる、みたいな状況になってきた時に、俺が思ったのはそれでもうほぼ永さん喋ってないんだよ。だけど、それでも永さんなんか怒ってるって時に意味があるっていうか。
そのフガフガにも意味があるからっていう。だから、よく言ってたのは永さんの番組は、永さん亡くなっても、スタジオに骨壺置いといて、どうしても永さんが嫌なことがあったら割れっからっつって、急に(笑)本人にもしたしね、本人ともその話をしたし、永さんにも言ったし…言ったから、陰口ではないけど(笑)言ったから陰口ではないっていうことは一応言い訳できるけども(笑)言うべきかどうかは別ね。
で、久米さんと話した時に、「久米さん、そういう僕は考え方にすがりたいんですけど。ポンコツならポンコツで、そのポンコツ度を笑ってもらったりとか、ポンコツ度のリアルみたいなものを、聞いて欲しいっていうのはどうですか?」って言ったら、久米さんが「その感覚は、君が元々若い頃に古典落語から入ってるからだよ。古典落語は年取ってそういう状態になるのも味だけど、僕は元々、目指してたものが違う」って話をしてて「あ、なるほど」って。
あの時も、どうして久米さんやめさせるんだ、みたいな話はあったんだけど、本人の口から「色々ある」と。「色々あったけど、それが僕のダンディズムだ」みたいな話を言ってたの。



