2024年2月24日放送のTOKYO FMのラジオ番組『いいこと、聴いた』(毎週日 13:00-13:55)にて、放送作家・高須光聖が、松本人志と東京で再会したことで放送作家人生が始まったと告白していた。
秋元康:放送作家、一番多いのが多分、芸人からじゃない?
高須光聖:うん、そうですね、多いですね。
秋元康:多いよね。高須はやっぱりダウンタウンからなの?
高須光聖:僕は映画監督になりたいっていう、なんとなくはあったんですけど。で、松本がこの業界、高校卒業して入って。僕は大学卒業した時に、東京でたまたま会ったんですよ。
秋元康:うん。
高須光聖:で、まだ東京では全然売れてなくて。で、中野新橋の駅で、中野坂上か。
秋元康:うん。
高須光聖:二人で会って、もう誰も気づかないし。
秋元康:うん。
高須光聖:で、二人でデニーズでご飯食べてたんですよ。
秋元康:うん。
高須光聖:その時に、なんか「どう?」っつったら、「いやぁ、こうこうこうで、難しくて」っつったら、彼は彼で、「いや、俺らもちょっとずつ大阪では売れてるけど、まだまだで」って。
秋元康:うん。
高須光聖:もうなんかちょっと気配感じるから、「なんか俺らのブレーンとかやらへん?そしたら」っていうことを言ってくれて、「そっからの方が、多分映画やったりもなんかやるにしても早いんちゃう?」って言われて。
秋元康:うん。
高須光聖:「ああ、じゃあどうせ何も動かなかったら、まぁそっちでもいいからなんかやってみるか」と。「俺、できる?」っつったら、「できる、できる」って言ってくれたんですよ。
秋元康:うん。
高須光聖:で、そのもう辞められましたけど、会長で辞めていかれた大崎さんに、「すげぇ面白い奴がいるから」って、物凄い大リーガーがいる、みたいなこと言って振り込んで、僕、お会いさせてもらって。
秋元康:うん。
高須光聖:で、「じゃあ分かった」って、「もう大阪の番組入ってくれ」って言われて、もう行ったらすぐ向こうの放送作家として、一番下の放送作家として入って、で、テレビにつかしていただいたんで。なんかなんとなく本当に、彼がいたからこの業界に入ったみたいなところもあるんですね。
秋元康:まぁ、でも縁だよね、それはね。
高須光聖:そうですね。それも別に、東京で会ってなかって、連絡取り合ってなかったら、携帯もなかった時代ですから。
秋元康:そうだよね。
高須光聖:よく東京で会えたなって。