山里亮太、人に対して「ストレスやイライラの延長で」怒ることは怒った方も怒られた方も得をしないため「怒るのやめようと思って」

2020年8月19日放送のTBSラジオ系のラジオ番組『山里亮太の不毛な議論』(毎週水 25:00-27:00)にて、お笑いコンビ・南海キャンディーズの山里亮太が、人に対して「ストレスやイライラの延長で」怒ることは怒った方も怒られた方も得をしないため「怒るのやめようと思って」と語っていた。

山里亮太:人前で…お客さんいる時に怒ったりするのをお客さんに見せる人っていう時点で、この人、色んなもん失格なんじゃねぇかなって思っちゃって。相当美味くない限り、この人の作るものに対して、信用していいかどうか分かんない。

あと俺、思ったんだけど。よくこれね、自分の中でも肝に銘じなきゃと思ってるんだけど。怒るってさ、相当相手に愛があるとかじゃない限り、怒ってることが功を奏したことってない気がしない?

自分もそうなんだけど、本当に愛を持って怒られたことも何回かあるから、それは分かるんだけどさ。でも、かなり高い確率で、怒られた後にいつも、怒ってもらって良かったって思うことって、まぁないの。

基本的には、「うるせぇなぁ、なんでこんなこと言われなきゃいけねぇんだよ」とか、「それ、ストレスぶつけてきてんじゃん」って思うことが多くて。

逆を考えると、怒っている時に「本当にこの人のここを直してあげた方が絶対良くなる」と思って怒っている数の方が、少ない気がして。

だから絶対、なんかもう、怒るのやめようと思ってて。だって、怒って「ありがとうございました」って言う人なんて、皆無と思った方がよくない?いや、本当にめちゃくちゃちゃんと怒ったらいけるけど、怒るってさ、ストレス、イライラっていうものが根本にある場合と、「本当にコイツに良くなって欲しい」と思って怒るの、全く違うもんじゃない。

でも、ストレス、イライラの先にある「怒る」ばっかじゃない?自分が怒ってる時って。決して、なんか怒った後に、気持ちの良くないのって、多分、根本のスタートが、その人のためとかではないからだと思うのよ。

だから、人にストレスの延長で怒った後って、部屋を出た後に、「さぁ、今から俺がいなくなったところで悪口言うんだろうな」って妄想が頭をよぎるってことは、これはその人のためだと思ってないからなんだよね。って思うと、怒るのやめようって思うんだけど。



山里亮太の不毛な議論

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