2026年1月19日放送のTBSラジオ系のラジオ番組『伊集院光 深夜の馬鹿力』(毎週月 25:00-27:00)にて、お笑い芸人・伊集院光が、真正面からは楽しめない『ラヴ上等』をなんとかして見ることができた方法について語っていた。
伊集院光:ウチのマネージャーの栗原が、伊集院さん見てくれ、と。「私、今、見てるんです」って言って。ただなんかね、これが栗原にしてもかなり微妙なものらしくて。
自分がそういう趣向の人間だとは思われたくないんだけど、気持ちの置き方1つで笑える、「楽しめる」っつってなかったような気がするんだよね。なんか「伊集院さんは多分、無理だと思う」っていう。
「私はそういうちゃんと気持ちの置き換えをすることで、、楽しみ方が分かったけど。まぁ伊集院さんは無理でしょうね」みたいな感じ。でも、その間に「私、これ好きってわけじゃないですよ」っていうのをいっぱい繰り返すんだよね。
で、「変だから」みたいな。なんかムカつかない?Netflixでトップになってるものを「伊集院さんには無理でしょうけど」って、そんなに言われる感じとか嫌じゃん。で、「見ますけど」みたいな。
で、見たんだけど、ダメでしたね(笑)はっはっはっ(笑)いやただね、栗原の言うことすっげぇ分かった。栗原の今言った流れが凄いよくわかんのが、どう説明したらいいのかな。えっとね、まず、僕は実は、そもそも恋愛リアリティーショーがダメだから。
だって、想像もつかない。俺が恋愛リアティーショーを見てっていう。「あそこで焼きもち焼いちゃう気持ちはちょっと分かる」みたいな、ならないでしょ?俺。「意地悪に見えるかもしれないけど、私の中にもそういうとこあったし」…ならないでしょ、別に俺どうやったって。
「あの不器用なところを受け止めてあげないと」って、俺が?(笑)だから元々、その正統派の恋愛リアリティーショーみたいなのも多分俺ダメです。基本的には何度か見たことありますけど、テレビに向かってずっと愚痴を言ってる内に、妻がいなくなる感じっていう(笑)で、「見なきゃいいのに」なんて言われて。
で、なのにも関わらず今回はその恋愛リアリティーショーに学校モノなんだよ。学校みたいなところで、共同生活を何週間かやった結果、カップルできますかみたいなやつなんだけど。変わってるのが、男も女も全部いわゆるヤンキーっていう。ヤンキーの人なのよ。で、これも面倒くさいのが、「タトゥーをしてるか、してないかで何か先入観があるんですか?」って言われちゃうと、ぐうの根も出ませんけど。
全身和彫りが入っている、パンチパーマでサングラスかけてる人の「ああ?テメェ今見たろ、この野郎」みたいな人がみんな集ってるから。その中にもいっぱいいますよ、凄い男前でホスト上がりなんですよ、とか。あと自分はそういう少年院にいたことがあって、みたいな。っていうか、少年院にいたことがあってっていう人は、ほぼ全てだったよね。少なくとも相談所までは行った人がほぼ全てかな。
だからなんだろうな、「いろんなキャラクターの中のどの人に俺は感情移入する?」みたいのが、いろんなキャラクターじゃない、俺にとって(笑)もちろん人間は全部個性ですよ。それで1つでまとめることはしませんけど、なんか分かんないけど、カブトムの顔全部分かる?(笑)
分かんないんだよ。だから、その人の大づかみのところの、目合った人に対して急に「なんだよ、この野郎」って胸ぐら掴んで突き飛ばしていいみたいなジャンルからは出ていかないから。その時点で「あ、この人だったら」って人いないのよ、1人も。
で、女の人の方もそうで。「この人たちと関わりたくない」っていう。俺がそういうところで働く人とか、そういう仕事を仰せ使ってる人は別だけど。なるべくだったら距離を取りたいっていう。
ただ、恐ろしいもんでやっぱり栗原の勧め方が上手すぎて。「伊集院さんには理解できなそうですけど」っていう。「私も別にこの人たちが好きとか、そういうことじゃないん だけど、それをさらに引いたところで見ると、楽しめるところもある」みたいなことだから、引いてみようって思って。
だから途中から、「そういう星」っていう(笑)もう、そういう星とそういう生物みたいなことにしていったら、途中まで見れるの。「あ、なるほど。この見方をしていけば」って。こういうしきたりのところだから、急にアフリカパイソンが急に角同士をガチガチってやって、一旦、そのどっちの角の押しが強いかみたいのをやるっていうのは、俺は一度もやったことがないの。初めて会った人のところに、頭骨をガッツリぶつけて、それをねじりながら、どうにかてこの応用で、なんならば丸木橋から谷底に落としてみよう、みたいなことを思ったことはないけど。
これがアフリカバイソンの巣であれば普通っていうか。「なるほど、アイツらはあれで勝つことで、まずはマウントをするもんなんだから」っていう考え方。俺はアフリカバイソンのドキュメンタリーは見れる、基本的には見れますからね。体をより大きく見せようとする鳥、とかね(笑)ああいうやつだと思えば見れますから。
鳥の羽についている目みたいなやつがよりデカいと、デカい生物に見えるから。鳥同士はこの目をなるべく見せて、柄を見せて。で、「俺の方が凄い」っていうのを見せるところからしか始まらないし。メスの鳥は「あのデカい目を見せつけてる鳥は、私のオスにふさしい」と思うわけじゃん。その感じなの、和柄の彫り物の面積とかが。
って見れば、段々「あ、なるほど。そういうふうにして見れば、なんとか見られないこともないかな」って思ってきて。「なるほど、このスタンスで見ればいいんだ」と思ったら、結構一気に見れて。
「うわぁこの動物、不思議」っていうね(笑)「この動物、こういうところでいきなり初対面の人に水ぶっかけちゃうんだ」みたいなやつとか(笑)そういうのが分かってきて、だんだん見れてきたんだけど。
「待てよ」っていう。栗原スタイルの見方ね。栗原師匠に教わった、そこから発展させた俺スタイルの見方あるじゃん。途中からだんだん、「ちょっと待ってくれ。真正面から見てる人、世の中にいるんだよなこれ」っていう。その辺りから、もう見られないっていうか(笑)


