岡村隆史、志村けんの番組を80年代の「お笑い番組が一番面白かった時期」に見て育ったと語る「そしていつしか、テレビに出たいと…」

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2020年4月2日放送のニッポン放送系のラジオ番組『ナインティナイン岡村隆史のオールナイトニッポン』(毎週木 25:00-27:00)にて、お笑いコンビ・ナインティナインの岡村隆史が、志村けんの番組を80年代の「お笑い番組が一番面白かった時期」に見て育ったと語っていた。


志村けんのだいじょうぶだぁ VOL.3

岡村隆史:新聞にも、志村さんが色々こう番組、こんな番組やってきはりましたよっていうの、何年にこの番組、何年にこの番組っていうの、新聞とかに書いてあったんですけれども。

本当に…僕、1970年生まれでしたので、1972年から85年まで『全員集合』がありました。で、77年から98年、『ドリフ大爆笑』。これ、フジテレビでやってました。これだから、どっぷりなんですよ。

まだ『8時だョ!全員集合』始まった時は、まだアレでしたけれども。自分が何か面白いなぁと思った時ぐらいからは、もうど真ん中でして。

で、86年から92年、TBSさんで『カトちゃんケンちゃんごきげんテレビ』。こんなんもう、ど真ん中ですよ。ドリフあって、『8時だョ!全員集合』終わってからドリフもあり、『カトちゃんケンちゃんごきげんテレビ』があり。

87年から93年、またフジテレビで『志村けんのだいじょうぶだぁ』。この時の『だいじょうぶだぁ』なんて、ホンマにもう、腹抱えて笑ってましたから。

それよりももう、言うてもね、その間に『バカ殿様』とかもあるわけですから。だからもう、どっぷりなんですよね。

86年からか、『バカ殿様』は。1980年代、音楽の時も「80年代最強」って僕、いつも言うんですけど。そのバラエティー番組、お笑い番組が多分、80年代とか一番面白かったと思いますし。

だから、お金のかかり方も、もちろん全然違う。コント、TBSの『全員集合』なんて、生であんだけのセット組んで、パトカー飛んでくるわけですから。セットの中、パトカーがドーンッて突っ込んでくるような。

生ですよ。生にも関わらず。ほんで、それがひっくり返ったら歌が始まるっていうね。もう凄い時代で。一番テレビが面白い時代に僕が育っていますから。

もちろんドリフがあって、『全員集合』がある、そこで面白いことを学ぶ。で、そこからいつしか『全員集合』から、『ひょうきん族』になる。土8戦争と言われた。

あの時に、ドリフで面白いことを学び、「あ、こういう笑いもあるんや」っていう、ひょうきん族どっぷり浸かり。そういうのを、どっちももちろん、なんて言うんですか。学校で真似しながら。

ある時は『全員集合』、ある時は『ひょうきん族』。これはもう、ずーっと言われることなんですけど、段々、『全員集合』からひょうきん族に流れていく。その時代だから、一番楽しかった。

で、そっから今度、次は『とんねるずのみなさんのおかげです』が始まる。そこから、ダウンタウンさん、ウッチャンナンチャンさん、第3世代って言われる人たちの番組がダーッと始まる。

もっともっとその前戻れば、漫才ブームがあって。大阪でもね、もう漫才が根付いてましたから、漫才どっぷりじゃないですか。漫才ブームから、その中から『ひょうきん族』のメンバーが選ばれたりする。

お笑いをどっぷり見て、テレビがめちゃくちゃ面白い時に、私、多感な時期にテレビっ子になって。そしていつしか「テレビに出たい」と思って、この世界入ってきて、皆さんと一緒にお仕事できたっていうのは、本当にもう、奇跡やし。こんな嬉しいことないし。

辿って行くと、やっぱり一番お笑い番組も元気があって、テレビが物凄い元気があって。今、たしかにちょっとね、このご時世ですから、「テレビが元気ない、元気がない」って言われますけども。

だから、できる範囲内で、またこうお仕事をしていかないといけないっていうのはあるんですが。僕らなんかよくよく考えると、バラエティめちゃくちゃオモロイ時に、ガッツリ見て。

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