爆笑問題・太田、ジャニー喜多川の幼少期の戦争体験が「ショー・マスト・ゴー・オン」という信念へと繋がるのではと語る

2019年9月10日放送のTBSラジオ系のラジオ番組『爆笑問題カーボーイ』(毎週火 25:00-27:00)にて、お笑いコンビ・爆笑問題の太田光が、ジャニー喜多川の幼少期の戦争体験が「ショー・マスト・ゴー・オン」という信念へと繋がるのではと語っていた。

太田光:マッチがさ、「ショー・マスト・ゴー・オン」ってね。いわゆるジャニーさんの座右の銘っていうか。

田中裕二:そうですね。

太田光:俺、前にこの番組で言ったかもしれないけど。本当にジャニーさんが亡くなった時に、ジャニーさんのこと色々記事で見て。

田中裕二:うん。

太田光:あの人は、元々はアメリカで生まれてね。

田中裕二:うん。

太田光:で、日本へ3~4歳ぐらいの時に来たんだよね。で、疎開で和歌山へ行ってた。

田中裕二:そうだね。

太田光:で、和歌山で空襲に遭うんだよね、5歳ぐらいの時に。で、ワーッと走れ、走れって。で、川へ飛び込もうとしたら、「そんなところ飛び込んだら死ぬぞ」って言われて、橋の下へ隠れてさ。

田中裕二:うん。

太田光:で、またガンガン周りが…あれほどの人の死を目の当たりにしたのはない、と。で、「走り続けなければ死ぬぞ」って言われて、走り続けて生き延びたんだっていう、幼少期の頃の体験があって。

田中裕二:うん。

太田光:で、その後、国籍はね、アメリカと日本と両方あったのかな、当時は。

田中裕二:うん。

太田光:で、アメリカ軍側の今度は通訳か何かで、朝鮮戦争には、アメリカ側として参加というか。

田中裕二:うん。

太田光:だけど、自分が生まれた母国の、祖国の飛行機にミサイルを落とされ、それで逃げて今度はアメリカ側の。今度は日本を占領してますからね、アメリカ終戦後。

田中裕二:うん。

太田光:で、朝鮮戦争でっていう。やっぱり凄い複雑だったんだろうなぁと思うわけ。



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